リトラストアーティスト/リトラストコーチ/リトラストコンサルタント

人を変えるな自分が変われ

マサ
WRITER
 
この記事を書いている人 - WRITER -
マサ
『人生をおもしろく遊ぶ』をテーマに仕事をつくる、遊びをつくる、食をつくるなどのテーマで発信していきます。
詳しいプロフィールはこちら

 

「なんでうまくいかないんだ!」

 

幼少期を終えて

遠慮なんていらない今を遊べ

小学校4年生の時に千葉県は市川に
移住してからというもの、

小学校高学年から中学、高校と、
自分の心の中の声はいつもこの声が響き渡っていた。

恋愛も、部活動も、受験も
あの時は何もかもがうまくいかなかった。

今思えばそれは、
自分ではない誰かを変えようとしていたからだったと思う。

 

成功体験からの挫折

仙台から千葉県は市川市に移住した時、
来て早々僕はいじめにあった。

「だっぺだって、ダサ!」
「男子達、あいつと遊ばない方がいいよ!」

なんと女子からなぜかいじめにあい、
当時の担任の先生は見て見ぬふりだった。

 

それと同時に親にも変化が起こり、
「勉強しなさい!」と過剰に言われるようになり、
強制的に塾に通うことに。

でも、お受験の塾は僕にはどうしても合わなく、
「俺は遊ぶ!」と啖呵をきって僕はやめた。

だけど特に遊ぶことも遊び相手もいなくて、
一緒に引越ししてきたもう一人のいなかっぺの
友達と一緒にザリガニ釣りばっかりしてた。

あの時の僕の親友はザリガニだった。

 

そんな時に変化が起こった。

小学校5、6年の担任の斎藤先生という僕の救世主が現れたのだ。

「草刈くんあなたはできる人よ。」
「なんでもいいかから毎日何かを続けてみない?」
「このノートにあなたが今日やりたいと思ったことを
なんでもいいからやって先生に毎日出してみない?」

すぐにそんな提案を先生からされ、
なんかうれしくなってそれを続けてみた。

ある時は絵をかいたり、
ある時は算数、
ある時は日記を書いたり。

そのノートは『自由ノート』という名前で
ここから2年間休むことなく毎日続いていった。

そしてその結果。
卒業時に学年で男女1名ずつしかもらない
学習学芸賞という賞を斎藤先生の強い推薦でもらうことになった。

途中から引越ししてきた人がもらうのは
学校はじまって以来だったみたい。

 

『人の可能性を信じて生きたい』

 

そう思って僕は今を生きている。
その原型はこの斎藤先生の存在があったからだ。

自分のやりたいを続けていけば
『自分には無限の可能性がある』

それをあの時僕は教えてもらった。

 

草刈なのに。草刈だから。

でも、この成功体験が自分を苦しめることになる。

中学に入ると、
「あいつ●●小の学習学芸賞だって!」

入るとすぐにそんな声が色々な
ところから聞こえてきた。

そしていざ初のテストが終わると、
僕は天才でもなんでもないから順位も中の上くらい。

同じ小学校で自分より頭がいい人はたくさんいた。

「なんだよ、学習学芸賞の草刈なのに、そんなもんかよ。」

という声が聞こえてきて、
僕はすぐに自信を失った。

結果じゃなく今まで自分がやってきたことに
自信を持てばよかったんだけど、
僕はあの時結果だけを見て自信を失くしてしまった。

 

自分に自信がなくなると
様々なところに派生が起こるもの。

好きになった子の一人や二人いたけど、
告白はおろかしゃべることもできなかったし。

一番頑張って打ち込んだ卓球部では、
部長になったものの、鬼部長と呼ばれていて、
いつも練習をしない部員を怒ってた。

あの時は自分に自信がなかったから
人を信じることもできず、
頭ごなしに人の意見も聞かず
自分の意見を押し付けていたんだと思う。

 

やればできる子だったから、
卓球も誰よりも練習して学年で一番強くなった。

だけど部員はそれを追いかけてくる人と
追いかけない人で分断してしまった。

「草刈だからできるんだよ。」

何を言ってもその人達には想いが
届かないことに僕はまた自信を失っていった。

 

だけど最後に僕は大きな人生のヒントを
得ることになった。

 

卓球部最後の総合体育大会。
なんと史上初のベスト16に入賞することができた。

そしてそれよりもうれしかったことが、
部員が互いに応援しあったことだった。

 

実はいつもの大会ではレギュラーじゃない部員は
応援もせずに会場の外に遊びにいってしまっていた。

それを部長としてみんなをまとめようと
いつも怒ってたんだけど、それがまた距離を作ってしまった。

でも、最後の総体。

レギュラーじゃない人も
全員個人戦に出れるというチャンスがもらえた。

いつもは応援してくれない仲間だけど、
僕はそこで彼ら一人一人の試合の場に行って、彼らを応援していった。

そしたら、

今まで一度もしてもらったことがないのに、
自分の試合も団体戦も、部員全員が応援しに来てくれた。

そして、

その応援の力で過去最大の成績を出すことができた。

 

「応援しろよ!」
「やれよ!」

って言う前に、その相手に対して、

「応援してるよ!」
「がんばって!」

って応援の気持ち行動に出してみること。
それが大事だということをここで知った。

 

だけど、
この成功体験も束の間。。
また大失敗が起こるんです。

 

暗黒高校時代

高校受験大失敗。。

まったく知らない興味もない男子校に入学。

東京都内の超都会っ子と
全然合わなくて友達が全然いなくて、
ここでもやることは卓球だけ。

がんばってまた部長となり、
個人では都内でシードを獲得するものの、
「大学受験があるから」と次々にメンバーがやめ、結局卓球部は廃部に。

友達もいないし、
東京の高校生活をはっちゃける勇気もないし、
とくにやりたいこともないし、
恋愛する女子との出逢いは皆無だったので、
僕の高校生活は惰性で生きていた。

 

「この高校最悪。」
「こいつら全然合わない。」

 

そうやって、高校や周りにいる人のせいにしてたのをよく覚えてる。

 

そんな時、腐っている僕に軟式野球同好会を
立ち上げたクラスメイトが声をかけてくれた。

野球はやったことないけど、
腐ってるよりはやったほうがおもしろいと思い
やってみたら、楽しさを取り戻すことができた。

 

『誰かからの誘いは自分が変わる前触れ』

 

このおかげで、最後の最後で友達もでき、
楽しくなったら勉強もよくなって、
ラッキーなことに推薦をもらい僕は大学に
すんなり入ることができた。

 

高校も、そこにいる生徒も別に悪くなくて、
いいところを見つけようとしない自分が
もったいないことをしてた、それを学んだ高校生活だった。

 

人を変えるな自分が変われ

少年期から青年期にかけて僕が学んだこと。

いじめられたスタートからでも
自分を変えることができた。

自信がなくて周りが変わらなくても
目の前の人を応援したら変わることができた。

受験に失敗して腐っていても
声をかけてくれる人にYESと答えたら変わることができた。

 

今の自分はあなた自身で変えることができる。

人のせいでもない、
環境のせいでもない、

あなたには自分が変わる無限の可能性が
今ここにあるだけ。

変化に挑戦していこう!

この記事を書いている人 - WRITER -
マサ
『人生をおもしろく遊ぶ』をテーマに仕事をつくる、遊びをつくる、食をつくるなどのテーマで発信していきます。
詳しいプロフィールはこちら