やみくもにシュートとゴールを積み重ねても僕らは幸せになれない

 

人にただ商品やサービスを提案(シュート)して、購入(ゴール)される。

 

自分で自由にこれをやることができたら、
確かに楽しいのかもしれない。

でも、

仕事の本当の楽しさはこんなものじゃないことを
20年ぶりにしたバスケットボールが教えてくれた。

今日はそんな話。

 

ゴールばかり決めていると人はパスしたくなる

ひょんなことから約20年ぶりくらいにバスケットボールを友達の家でやることになった。

でもいるメンバーは自分を含めて3人。

バスケットボールはゴールのポケットに
ボールを入れるという単純にいったらそんなゲーム。

多くそのゴールにシュートを入れた方が勝ち。

 

でもバスケットボールというゲームの本当の楽しさは
きっとこんなシンプルなものじゃない。

仕事もね。

提案(シュート)して、購入(ゴール)される。

そんな単純なゲームだったら、
きっとすぐにあきるんだよ。

 

この日、僕はそれを実感したんだ。

 

3人でバスケをやる。

はじめこのやり方がわからなくて、
1対1で1人は見学でバスケをやっていた。

久しぶりのバスケで、シュートしてゴールすると
それだけでうれしくて楽しかった。

 

でもしばらくすると自分の心がこう言いだした。

「ただシュートするのつまらないから、ドリブルでもやってみるか。」

シュート→ゴール
から
ドリブル→シュート→ゴール

このプロセスに変わった。

 

そしてさらにしばらくすると自分の心がまた言い出した。

「なんかパス出したいな~。」

ドリブル→シュート→ゴール
から
ドリブル→パス→シュート→ゴール

この世界を見たくなった。

 

時を同じくして、一緒にやっているメンバーが声を開いた。

「ねぇ!こんど2対1やろうよ!パス出したい!」

 

人はただシュートしてゴールを決めている
だけでは物足りなくてパスを出したくなるんだ。

 

パスが生み出す無限の可能性

パスには無限の可能性があった。

それまでのバスケは、
自分でゴールまでのイメージをして、
そのイメージ通りドリブルしてシュートする。

自分の中で浮かべた1つのイメージでしか
プレイをできなかった。

 

でもパスが使えるようになってから
あきらかに喜びが増えたんだ。

まずは相手にパスが渡っただけで
なんかすごくうれしかった。

「自分からの想いを受け取ってくれた。」

この一体感がはじめてゲームに生まれた。

 

そして、次に感じたのが、
自分ひとりでゴールしていたより、
自分が出したパスで、仲間がゴールを決めた時、
1人の時よりゴールがすごくうれしく感じた。

相手がほしいところにボールを渡して
そしてその人が気持ちいいようにシュートをうつ。

決まらなくてもその姿を見てるだけで
1人の時にはない喜びがあった。

 

そしてもう1つおもしろかったのが、
パスは相手の次の動きを見越して出すんだけど、

パスを受けた人が自分の想定外の動きをすること。

「そんなふうにシュートまでいくんや。」
とか

まさかの自分にパスが返ってくることも。

 

パスを使いだすと、
一体感、自分の中にはない想定外のおもしろさが
ゲームに起こってくる。

 

そして1人でやっていたゲームより、
パスをやり始めたゲームの方がはるかに楽しかった。

 

あなたは仕事や人生においてパスを出しているかい?

自分の人生や仕事というゲームで、
僕らはパスを出しているだろうか?

 

パスとは何か?

・仕事を誰かに依頼すること
・一緒にプロジェクトをやること
・お願いごとすること
・「助けて」って言うこと
・協力してもらうこと
・協力すること
・相手に「私はこう思う」と言うこと
・逆に相手の想いを受け取ること
・挨拶をすること
・差し入れをすること
・この記事もあなたへのパス

 

僕らはやみくもにシュートを打って
やみくもにゴールを積み重ねてもきっと幸せになれない。

 

大事なのはシュートまでゴールまでの過程が大事なんだ。

 

どんなパスと
どんなドリブルと
どんなフェイントと

様々な過程を経てシュートが生まれゴールが生まれる。

 

ゴールはうれしいけど、
パスがないゴールをするゲームは

きっとゲームの本当の楽しさの半分以上も
知らないし味わっていないんだと思う。

パスを出す意識。
シュートやゴールまでの過程の意識。

 

していきたいね。

 

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