人生に完成はない ずっと味見の毎日なんだ

%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%81%ab%e5%ae%8c%e6%88%90%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%84%e3%81%9a%e3%81%a3%e3%81%a8%e5%91%b3%e8%a6%8b%e3%81%ae%e6%af%8e%e6%97%a5%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a0%e3%83%bc%e5%ae%8c%e6%88%90

人生に完成はない

ずっと味見の毎日なんだ

≪Word&calligraphy:Masatoshi Kusakari≫

 

子供は時に面白い問いを大人に投げかけてくれる。この日もそう。

保育園がお休みのこの日、お母さんと一緒にクッキーを作って朝にできたてを食べてご満悦。

お昼から出かけて、その出先で散々お菓子やジュースをいっぱい食べた。

眠くなり、3時のおやつに近づくと、何かに取り憑かれたようにこの連呼が始まる。

「おなかすいた~!おかしちょうだーい!作ったクッキー食べたい!」

 

たいがい、お菓子やジュースを食べすぎると調子が悪くなるので、この日はお母さんストップ。

「いいかげんにしなさい!」となったんだけどね。

その返しがすごかった。

 

「お母さん!クッキーの味見しようよ!」

 

彼女達の中では同じ食べることでも味見は違うらしい。もちろんこっちも負けてない。

「さっき食べたでしょ!」

そしたらこの返し。

「お出かけしたら忘れちゃった。もう一度味見しよう!」

 

ここでふと考えてみた。

料理はいつ味見が終わり、完成となるのだろうか?

おそらく普通に考えたら、食卓に出した時点で完成となり、そこで味見は終わるんだけど。

味見と思って、完成したものを食べたら、ちょっと失敗した料理もそこからまた味付けできるかもしれないし、今回の失敗を次に活かそうという視点も生まれる。

ものごとを完成させてしまうから、合ってるだの間違ってるだの。おいしいだのおいしくないだのとはじまってしまう。

 

味見って、「お試し!」みたいな軽い感覚でなんか良いなって思うんだよね。

 

そして人生もね。

常に完成された毎日。完成された自分を目指したら疲れちゃう。

目指していいと思うけど、目指したところで人は突拍子もない出逢いや経験で一瞬で昨日とちがう自分になったりする。

だから。

 

人生という料理を早く完成させようとしなくていいと思う。
死ぬまで毎日味見して、人生を作っていく。

 

そのくらいの気持ちでいいんじゃないかな。

さぁ。今日は自分の人生という料理をどうやって味見して、そこからどんな発見をし、明日はどんな味付けをするかな?

味見しながら楽しんでいこうね。

 

子供と限らずね。人は時に「うぬぅん!?」ってちょっと考えさせるキーワードをくれる。

そこで、スルーせずに、自分のなかでそのキーワードについて考え抜いてみると。

おもしろい答や見解が出たりする。

しかし・・・。

やっぱり子供は天才やね~。

 

【こちらのブログの更新情報をメールでお知らせします】

メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着更新情報ををメールでお届けします。